大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和32年(ネ)248号 判決

控訴人・付帯被控訴人(原告) 武士末敬一郎

被控訴人・付帯控訴人(被告) 松山税務署長

原審 松山地方昭和二九年(行)第一二号

主文

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取消す。

控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共附帯控訴費用をも含めて控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の控訴人に対する昭和二十五年分及び昭和二十六年分の各所得税青色申告書提出承認の取消処分を取消す、被控訴人が控訴人に対し更正決定した控訴人の(一)昭和二十五年分所得金額三十五万六千六百円を金二十五万六千六百円に、(二)昭和二十六年分所得金額八十八万五千三百円(高松国税局長の審査決定により同額に変更)を金三十四万八千三百円にそれぞれ変更する、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする、被控訴人の附帯控訴を棄却する、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴人の本件控訴を棄却する、原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取消す、控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は次に特に記載するもののほかは、原判決事実摘示のとおりであるらこれをここに引用する(尤も原判決書四枚目裏一行目に証人岡田鬼愧三とあるのを証人岡田思愧三に訂正し、六枚目表終りより二行目以下六枚目裏三行目までを一方法によつて著しく内輪に見積り、(甲)別表(四)の(1)(2)(3)の預金合計三十万円及び(乙)同表(5)の普通預金の預入金額三百万六千九百四十八円から同年中の引出合計額二百八十五万円を差引いた残額金十五万六千九百四十八円に、引出分中定期に振替えた金八万円及び株式購入資金に充当した金十万円を加え、これより同表(5)の昭和二十六年一月八日手貸振替十万円を差引いた金二十三万六千九百四十八円、以上(甲)(乙)合計金五十三万六千九百四十八円を原告申告の売上高或は所得金額に加算し、別表(二)のーと訂正する)。

控訴代理人は、原判決添付別表(三)の中番号1及び3の原告主張欄の記載を次のとおり改める。

1  昭和二十四年十二月十六日控訴人が伊予銀行に対し武士末一郎、同マツ、同亀代の三名々義を以て預けた定期預金三万円三口合計金九万円の元利金を昭和二十五年十二月十八日引出し、これに他の銀行の利子を加えて十万円とし同月三十日控訴人名義を以て五万円二口の定期預金をしたもの

3  昭和二十四年十二月十六日武士末ヒナヨ、同俊則、同光隆、同博孝の四名が伊予銀行に対し各自の名義を以て預けた定期預金三万円四口合計金十二万円の元利金十二万三千十六円を昭和二十五年八月十九日引出して元入したもの

原判決添付別表(四)の原告主張欄の記載を次のとおり改める

1  昭和二十四年十二月十二日控訴人が四国銀行に対し預けた定期預金五十万円を昭和二十五年二月二十日全額引出し内金三十万円をその頃更に定期預金として預け残金二十万円を保有中昭和二十六年四月二十八日伊予銀行に対し内金十万円を武士末太郎名義を以て定期預金したもの(残金十万円については3、の説明のとおり)

2  武士末博志名義の定期預金一万円、武士末一郎名義の同三万円は控訴人の妻武士末ヒナヨがかつてより保有していた十四万円の内金四万円を変名で預金したもの(残金十万円については4の説明のとおり)

武士末光隆名義の定期預金三万円も同人がかつてより保有していた三万円を預金したもの

武士末博孝名義の定期預金三万円は昭和二十五、六年中の同人の預金利子を控訴人が博孝名義を以て預金したもの

3  控訴人が保有金十万円(1で説明した保有金二十万円の残金十万円)を預金したもの

4  前記ヒナヨがその保有金十万円(2で説明したヒナヨの保有金十四万円の残金十万円)を変名で預金したもの

5  控訴人の三男博孝に独立営業させていたが、同人がその営業資金を変名預金したもので、控訴人の預金ではない

と述べた。

(証拠省略)

理由

控訴人が松山市三津浜の商店街に店舖を設け家族四人を従業員として呉服太物小売商を営んでいるものであること、控訴人が昭和二十五年二月十六日同年分所得税確定申告につき、同年十二月三十一日昭和二十六年分所得税確定申告につきそれぞれ被控訴人に青色申告書提出承認申請をしてその承認を受け、昭和二十六年二月二十八日昭和二十五年分所得確定申告額を金二十五万六千六百円とし、昭和二十七年二月十七日昭和二十六年分所得確定申告額を金三十四万八千三百円としてそれぞれ青色申告書により被控訴人に申告をしたこと、被控訴人は昭和二十八年六月二十二日前記昭和二十五、六年分青色申告書提出承認を取消しその頃控訴人にその旨を通知し、更に昭和二十八年七月一日控訴人の昭和二十五年分所得金額を金三十五万六千六百円に、昭和二十六年分所得金額を金百九万八千三百円にそれぞれ更正し同月十五日控訴人にその旨通知したこと、控訴人は右各処分を何れも不服として被控訴人に対し適法に再調査請求をしたが全部棄却され、更に高松国税局長に対し適法に審査請求をしたところ、請求の日から三箇月を経過しても何等の決定がなく、昭和二十九年九月十六日に至り前記更正処分に対してのみ審査決定があり、昭和二十五年分所得金額については控訴人の請求を全部棄却したが、昭和二十六年分の所得金額については控訴人の請求の一部を認容して金八十八万五千三百円と変更しその頃控訴人に右決定を通知したことは何れも当事者間に争がない。

よつて先ず、被控訴人が為した青色申告書提出承認取消処分につき違法の点ありや否やにつき案ずるに、控訴人が所得税法第二十六条の三第二項の規定により備え付けている帳簿書類に基ずく昭和二十五、六年分の収支計算が原判決添付の別表(一)(二)の各(イ)欄記載のとおりであることは当事者間に争がないが、右計算によると控訴人の昭和二十五年度における売上金に対する所得率が六、二パーセントで、昭和二十六年度におけるそれが五、九パーセントであることが計算上明らかである。ところが成立に争のない乙第八ないし第十二号証に原審証人豊永富吉、同松下耐、当審証人内田敦見の各証言を綜合すれば、昭和二十五、六年度における呉服太物小売業者の売上に対する所得標準率は十三パーセントないし十八パーセントであることが認められ、特段の事情のない限り控訴人の所得率も右標準率に合致すべきであるから前記収支計算による所得率は甚だしく寡少である。控訴人は特段の事情として、昭和二十四年暮までに統制機関から割当配給を受けた昭和二十五年度えの繰越在庫品が物品税を含んだ不良品であつて、昭和二十五年一月から統制が解除され物品税が廃止されたため、新規の優秀品に圧倒され、昭和二十五年から昭和二十六年にかけてこれを半額ないしそれ以下で見切売りせざるを得なかつたため両年度の所得は低率である旨主張するが、もともと控訴人の主張する事実は配給小売業者一般に共通すべきことであつて控訴人に特有の事由ではなく、被控訴人主張の一般標準率には当然そのことの影響が加味されている或は影響がないものとせられていると解すべく(原審証人岡田思愧三の証言によると、昭和二十四年暮までに配給された衣料品の中には一部不良品があつても同時にそれと抱き合う優秀品があつて全体としては所得率に影響がなかつたものと認められる)この点に関する控訴人の主張は採用し難い、右主張に副うが如き当審証人武士末俊則、同相原国太郎、原審並びに当審における控訴本人の各供述は何れも措信し難く、成立に争のない甲第六号証もそれだけでは未だ控訴人主張事実を認めさせるに足りない。のみならず、原本の存在に争がなくその形式内容により真正に成立したものと認めうる乙第四号証、成立に争のない乙第五、第六号証、同第七号証の二、同第十五号証の二、甲第十四、第十五号証に、原審証人豊永富吉、原審並びに当審証人橋本俊三の各証言を綜合すれば、控訴人は原判決添付別表(三)の2(四)の5記載の如く山内明の名義を以て別途預金をしていることが窺われるから(右に反する原審証人武士末博孝、原審並びに当審における控訴本人の各供述は何れも措信しない)、被控訴人が所得税法第二十六条の三第九項に基き控訴人の帳簿書類には、取引の一部を隠ぺいしその記載事項の全体について真実性を疑うに足りる不実の事実があると認められる相当の事由があるとして、昭和二十五、六年分青色申告書提出承認を取消したのは正当であつて何等違法の処分ではない。

次に被控訴人の為した更正処分(但し昭和二十六年分については高松国税局長によつて変更されたもの)の当否につき案ずるに、上記認定のとおり、控訴人には昭和二十五、六年度において山内明名義を以て四国銀行に預け入た別途の普通預金があり(乙第四号証)その昭和二十五年中の預入高は合計金九十三万三千百八十三円、引出高合計は金九十三万三千円、残高百八十三円であるが、昭和二十五年十二月三十日引出の金六十三万五千円は内金四十五万円を翌二十六年一月二十日渡辺花子の名義を以て同銀行に普通預金として預け入れ更に同年二月二十二日これを引出し(乙第七号証の二)これに五万円を加えて(乙第四号証)金五十万円の山内明名義の定期預金に振替えた(乙第六号証)ことが明らかであるから(控訴人の昭和三十二年十月二十四日付備準書面に添付の一覧表参照)少くとも後に渡辺花子名義の預金となつた右金四十五万円は昭和二十五年中の所得の脱漏と認めるのが相当である。そうだとすれば、被控訴人が右金額の範囲内である金十万円を脱漏所得として控訴人申告の昭和二十五年分所得額に加算し、これを金三十五万六千六百円と更正したからとて何等違法の点はないものといわねばならぬ。更に昭和二十六年分の所得について検討するに、上記山内明名義の別途預金の同年中の預入高は合計金三百万六千九百四十八円、引出高合計は金二百八十五万円、残高十五万六千九百四十八円であるが(乙第四号証)右引出高中の二百万円前後の引出金はその殆んどが仕入れに振向けられたものと推認される(乙第四号証、甲第十五号証)から(被控訴人の昭和三十三年三月十四日附準備書面に添付の別表参照)その余の部分がすべて必要経費等に当てられたものとしても、少くとも百万円余は昭和二十六年中の脱漏所得であると認めるのが相当である。そうだとすれば、被控訴人が右百万円余の範囲内で金五十三万六千九百四十八円を同年中の所得の脱漏として控訴人申告の所得金額に加算し、これを金八十八万五千三百四十七円に更正したのは相当であつて、何等違法の点はない。

以上のとおりであつて、被控訴人に対し、昭和二十五年分及び昭和二十六年分の各所得税青色申告書提出承認の取消処分の取消及び右両年分の所得額更正処分の変更を求める控訴人の本訴請求は何れもその理由がなく、その一部を理由ありとして認容した原判決は一部失当として取消をまぬがれない。よつて本件控訴はその理由がないものとしてこれを棄却し、附帯控訴に基き、原判決中被控訴人敗訴の部分を取消し、控訴人の請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 加藤謙二 白井美則)

原審判決の主文、事実および理由

主文

被告が原告に対し更正決定した昭和二十六年分所得金額八十八万五千三百円(高松国税局長の審査決定により同額に変更)を所得金額八十一万四千六百八十八円と変更する。

原告の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを九分し其の八を原告の負担とし、其の一を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告の原告に対する昭和二十五年分及び昭和二十六年分の各所得税青色申告提出承認の取消処分を取消す。被告が原告に対し更正決定した原告の(一)昭和二十五年分所得金額三十五万六千六百円を金二十五万六千六百円に、(二)昭和二十六年分所得金額八十八万五千三百円(高松国税局長の審査決定により同額に変更)を金三十四万八千三百円にそれぞれ変更する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、其の請求の原因として、原告は肩書地において呉服太物小売商を営んでいる者であるが、昭和二十五年分から青色申告の制度が設けられたので、昭和二十五年二月十六日同年分の所得税確定申告につき、同年十二月三十一日、昭和二十六年分の所得税確定申告につきそれぞれ被告に青色申告提出承認申請をして、其の承認を受け、昭和二十六年二月二十八日昭和二十五年分所得確定申告額を金二十五万六千六百円とし、昭和二十七年二月十七日昭和二十六年分所得確定申告額を金三十四万八千三百円としてそれぞれ被告に青色申告をした。ところが被告は何故か昭和二十八年六月二十二日決定により昭和二十五、六年分の青色申告提出承認を取消し、其の頃原告に其の決定を通知し、更に同年七月一日決定により原告の昭和二十五年分所得金額を金三十五万六千六百円に、昭和二十六年分所得金額を金百九万八千三百円にそれぞれ更正し、同月十五日原告に右決定を通知して来た。原告は右各決定をいずれも不服として被告に対し適法に再調査請求をしたけれども全部棄却され、更に高松国税局長に対し適法に審査請求をしたところ、請求の日から三箇月を経過しても何等の決定がなく、漸く昭和二十九年九月十六日に至り前記更正決定についてのみ審査決定があり、昭和二十五年分の所得金額については原告の請求を全部棄却したが、昭和二十六年分の所得金額については原告の請求を一部認容して金八十八万五千三百円と変更し、其の頃原告に右決定を通知して来た。しかし乍ら原告は青色申告提出承認を受けて以来、レジスターを使用し、被告に届出た帳簿書類に毎日の収支を刻明且つ正確に記帳して来たものであつて、被告より右承認を取消さるべき事由がないから被告の為した前記青色申告提出承認取消決定はいずれも違法であつて取消さるべきものである。そうすると、原告のなした前記所得確定申告は青色申告として取扱わるべきもので、右申告は所得税法第四十五条(昭和二九年法律第五二号による改正前は同法第四十六条の二)第一項の場合に該当する事実がないからこれに対する更正決定は許されず、被告の為した前記更正決定はいずれも違法である。仮りに青色申告提出承認取消が違法でないとしても、原告には被告主張の如き所得はない。よつて原告は被告に対し、青色申告提出承認取消決定については其の取消を、更正決定については所得金額を原告申告の所得額に変更を求めるため、本訴に及んだ次第であると述べ、被告の主張に対し、原告店舗が三津浜の商店街に位置し原告家族五人で営業に従事していること、原告の帳簿書類の記載に基く昭和二十五、六年分収支計算が被告主張の如く、別表(一)(二)の各(イ)欄記載の通りであること及び右両年度の原告営業の販売原価、必要経費、雑収入が被告主張の如く別表(一)(二)の(ロ)欄記載の通りであることはいずれも認める。又被告主張の別表(三)(四)の預金関係に対する答弁は同表下段各記載の通りであつて、同表(三)の(1)及び同表(四)の(1)(2)(3)は原告が各預入れたもので、其れが制規の帳簿書類の預金勘定科目に記載されていないこと、原告が別表(三)の(3)記載の如く原告帳簿元入勘定において元入金を増加したことは認めるが、其れはいずれも被告の主張するように売上除外或は所得脱漏ではない。其の余の被告の主張事実は総て否認する。原告の所得率が低いのは次の事情によるものである。即ち昭和二十五年一月より衣料品の統制が解除されると共に約三割の物品税が廃止された。処が時の統制機関が昭和二十四年迄に手持の莫大な輸出向規格外品と物資不足時代の粗製品等の衣料品を全部処分する目的で各小売業者に無理に割当配給したため、統制解除後の小売業者は非常な重荷を負つて出発することになつた。一方統制が解除されたため、秘かに倉庫にかくされていた規格のない新製品や闇取引されていた優秀品が一時に市場に出たので市場価格は暴落し、小売業者としては手持の右不良品を見切売りせねば収拾のつかぬ有様となつた。原告も前記の如き不良品の割当配給を受け、昭和二十五年分の年初棚卸資産八十六万余円の衣料品は総て物品税三割を含んだ右不良品で、これを同年中から昭和二十六年にかけて半額ないし其れ以下で売捌かざるを得なかつたのである。従つて原告の所得は被告主張の標準率に準拠することはできない。と述べた

(立証省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中、原告が帳簿書類に毎日の収支を刻明正確に記帳したとの点及び被告のなした青色申告提出承認取消決定並びに所得更正決定が違法であるとの点は否認するが其の余は総て認める。原告店舗は松山市三津浜の商店街に在り、商業地としては良好であり、原告家族五人が営業に専従する老舗で、該地区における有数な衣料品店の一であるが、原告は、被告に届出た青色申告の帳簿書類の記載に基ずく昭和二十五、六年分の収支計算が別表(一)(二)の各(イ)欄記載の通りであるとして、青色申告により所得確定申告をしたものである。そもそも青色申告者は法定の要件を具備した帳簿を備付け営業に関する取引の一切を誠実且つ洩れなく記帳し其の結果を青色申告すべきものであるから特段の事由のない限り、該帳簿に基ずく収支計算の結果は社会通念的でしかも事業の実体に即した数額が得られる筈のものである。被告調査によると、昭和二十五、六年当時の一般呉服太物小売業者の売上金に対する所得標準率は十三パーセントないし十八パーセントであつた。しかるに前記原告の収支計算によると、原告の昭和二十五年分売上金に対する所得率は六パーセント強、昭和二十六年分売上金に対する所得率は六パーセントに過ぎない。右は社会通念にも著しく過少なものであり事業の実体にも即しない。そこで前記所得標準率により前記収支計算における販売原価、必要経費を基礎とし右各年分の売上及び所得を逆算推計すると原告主張のそれを遥かに上廻り原告主張の売上、所得には多額の脱漏隠蔽があるものと推認し得る。果して被告調査によると、原告は昭和二十五、六年中において帳簿書類の預金勘定科目の預金以外に、売上除外ないし所得の脱漏と認められる別表(三)(四)記載のような新規の別途預金其の他を有することが判明した。被告が原告の青色申告提出承認を各取消したのは、前記の如く、原告の帳簿書類に基ずく収支計算に売上除外ないし所得脱漏があり、従つて右帳簿書類の記載事項全体について其の真実性を疑うに足る不実の事実があると認めるべき相当の理由があつたからである。又被告が原告の昭和二十五年分所得の更正決定をしたのは、原告には別表(三)の如き売上除外ないし所得の脱漏と認められる別途預金其の他があるので、これに所得標準率の最低率十三パーセントとを考慮に入れると、原告の売上或は所得は別表(一)の(ハ)欄記載の如く存する訳である。しかし被告はこれを著しく内輪に見積り、原告の申告に係る販売原価、必要経費の金額に基ずき、所得標準率により逆算推計した売上或は所得額を基礎とし、右別途預金其の他を勘案した上、別表(三)の(1)の預金十万円のみを売上ないし所得の脱漏と認めて、原告申告の売上高或は所得金額に加算し、別表(一)の(ロ)欄記載の如く決定したものであり、被告の昭和二十六年分原告所得の更正決定を一部変更した高松国税局長の審査決定は、原告には別表(四)の如き売上除外ないし所得の脱漏と認められる別途預金があるので、本来原告には前同様の計算方法によると別表(二)の(ハ)欄記載の如き売上或は所得がある訳である。しかしこれも前同様の方法によつて著しくは内輪に見積り、別表(四)の(1)(2)(3)の預金合計三十万円及び同表(5)の普通預金の預入金額から同年中の引出合計額を差引いた残額金十五万七千百三十一円に、引出分中定期に振替えた金八万円及び株式購入資金に充当した金十万円を加え金二十三万六千九百四十八円を原告申告の売上高或は所得金額に加算し、別表(二)の(ロ)欄記載の如く決定されているものであつて、何等違法な点はないと述べた。

(立証省略)

理由

原告が松山市三津浜の商店街に店舗を設け家族四人を従業員として呉服太物小売商を営んでいる者であること、原告が昭和二十五年二月十六日同年分所得税確定申告につき、同年十二月三十一日昭和二十六年分所得税確定申告につきそれぞれ被告に青色申告提出承認申請をして其の承認を受け、昭和二十六年二月二十八日昭和二十五年分所得確定申告額を金二十五万六千六百円とし、昭和二十七年二月十七日昭和二十六年分所得確定申告額を金三十四万八千三百円としてそれぞれ被告に青色申告をしたこと、被告は昭和二十八年六月二十二日決定により前記昭和二十五、六年青色申告提出承認を取消し其の頃原告に其の決定を通知し、更に同年七月一日決定により原告の昭和二十五年分所得金額を金三十五万六千六百円に、昭和二十六年分所得金額を金百九万八千三百円にそれぞれ更正し、同月十五日原告に右決定を通知したこと、原告は右各決定をいずれも不服として被告に対し適法に再調査請求をしたが、全部棄却され、更に高松国税局長に対し適法に審査請求をしたところ、請求の日から三箇月を経過しても何等の決定がなく、昭和二十九年九月十六日に至り前記更正決定に関してのみ審査決定があり、昭和二十五年分所得金額については原告の請求を全部棄却したが、昭和二十六年分の所得金額については原告の請求の一部を認容して金八十八万五千三百円と変更し、其の頃原告に右決定を通知したこと及び原告が被告に届出た青色申告の帳簿書類に基ずく昭和二十五、六年分収支計算が別表(一)(二)の各(イ)欄記載の通りであることは孰れも当事者間に争がない。よつて先ず、被告が為した青色申告提出承認取消決定につき違法の有無を按ずるに原告帳簿書類に基ずく昭和二十五、六年分の収支計算が別表(一)(二)の各(イ)欄記載の通りであることは前記の如く当事者間に争がないが、右計算によると、原告の昭和二十五年度における売上金に対する所得率が六パーセント強で、昭和二十六年度における其れが六パーセントであることが計算上明かである。ところが成立に争のない乙第八ないし第十二号証に、証人豊永富吉、松下耐の各証言を綜合すれば、昭和二十五、六年における呉服太物小売業者の売上に対する所得標準率は十三パーセントないし十八パーセントであることが認められ、特段の事情のない限り、原告の所得率も右標準率に合致すべきであるから前記収支計算による所得率は甚だしく過少であることになる。原告は所得率が低いのは昭和二十四年暮迄に統制機関から割当配給を受けた昭和二十五年度の繰越在庫品が物品税を含んだ不良品であつて、昭和二十五年一月から統制が解除され物品税が廃止されたため、新規の優秀品に圧倒され、昭和二十五年から昭和二十六年にかけて、これを半額ないし其れ以下で見切売りせざるを得なかつたためである旨主張するが、右主張に副う原告本人尋問の結果はたやすく信用することができないし、成立に争のない甲第六号証もそれだけでは原告主張事実を認めるに足らない。もともと原告の主張する事実は配給小売業者一般に共通すべきことであつて原告特有の事由でないから、被告主張の一般標準率には当然其のことの影響が加味されているか或は影響がないものとせられている筈であるし、又証人岡田鬼愧三の証言によると、昭和二十四年暮迄に配給された品の中には一部不良品があつても同時に其れと抱合う優秀品があつて、全体としては所得率に影響がなかつたものと認められるから、此の点に関する原告の主張は採用しない。而して他に特段の事情の認むべきものがない。さすれば、前記事実だけでも。原告の帳簿書類の記載は社会通念に反し所得の脱漏があると疑うに十分であつて、右帳簿書類の記載事項全体につき其の真実性を疑うに足る不実の事実があると認めるべき相当の理由があると謂うべきであるから、被告の為した前記取消決定は正当であつて何等違法はない。

次に被告の為した更正決定(但し昭和二十六年分については高松国税局長によつて変更されたもの)につき違法の有無を調査する。先ず被告は別表(三)(四)の別途預金其の他が売上除外或は所得脱漏である旨主張するので按ずるのに、別表(三)の(1)及び別表(四)の(1)(2)(3)は原告が各預入れたもので其れが制規の帳簿に記載されていないこと、原告が別表(三)の(5)記載の如く元入金を増加したことは原告の認めるところであり、原本の存在に争がなく其の形式内容により当裁判所が真正に成立したものと認める乙第四号証、成立に争のない同第七号証の二に、証人豊永富吉、橋本俊三の各証言を綜合すると、原告は更に別表(三)の(2)及び別表(四)の(4)(5)記載の如く架空名義で別途預金をしていたことが認められ、右認定に反する証人武士末博孝の証言並びに原告本人尋問の結果は措信しない。而して右事実に、成立に争のない乙第七号証の一、前記乙第七号証の二前記証人豊永富吉、同橋本俊三の各証言を綜合すれば、原告の前記帳簿書類には昭和二十五、六年分共に可成りの金額にのぼる売上除外或は所得脱漏があると推認し得るけれども、だからと云つて、右各証拠によつても、別途預金其の他がいずれの売上除外或は所得脱漏によるものであるかを特定し或は其の金額の範囲を確認することは困難である。そうだとすると、別途預金其の他が総て売上除外或は所得脱漏であることを前提とする被告主張の所得算出方法は採用できない。しかしながら前記の如く原告の帳簿書類が全面的には信用できないし別途預金其の他が直ちに売上除外或は所得脱漏であると認められない以上原告の所得を算出認定するには前記認定の一般所得標準率に拠るのが相当であると考えられ、右標準率に準拠するについて支障となるような特段の事情が原告に存しないことは前記認定の通りであり、又前記所得標準率一三ないし一八パーセントの最低率以上に原告に所得があつたと認むべき格段の資料もなはから、結局原告の昭和二十五、六年分の所得を算定するに当つては、其の最低率十三パーセントを適用するのが相当である。而して右両年分における原告営業の販売原価、必要経費の各金額が別表(一)(二)の各(ロ)欄記載のような金額であることは原告の認めるところである。よつてこれを基礎とし、前記最低標準率により右各年における原告の売上高及び所得額を逆算すると、昭和二十五年分における原告の売上高は金四百四十一万六千四百九十円、所得は金五十七万四千百四十四円で、昭和二十六年分における売上高は金六百十八万三千六百八十二円、所得は当事者間に争のない雑収入金一万八百十六円を加え、金八十一万四千六百八十八円であることが計算上明かである。原告には前記認定の如く売上除外ないし所得脱漏が含まれているものと推認することができる多額の別途預金等の存する事実は右所得額の認定が不当でないことを裏付けるものである、そうすると、原告の所得確定申告における申告所得額は甚だしく過少であり、被告が原告の昭和二十五年分の所得を右算出金額の範囲内で金三十五万六千六百円と更正した決定は適法であつて何等違法はない。しかし審査決定により変更せられた原告の昭和二十六年分の所得を金八十八万五千三百円とする被告の更正決定は右算出金額八十一万四千六百八十八円を超える部分は違法であつて同年分所得は右金額に変更すべきものである。

よつて、原告の本訴請求は右変更すべき限度においては正当であるので認容するが、其の余は総て失当であるので棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して、主文の通り判決をする。(昭和三二年二月一四日松山地方裁判所判決)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例